労働基準法による指導・勧告への対応策
労働基準法による指導・勧告への対応策

成果主義、リストラなど急激な人事制度の変化、さらに労働時間の増大に伴い、ビジネスマンのストレスは日増しに強くなっております。こうした身体的・精神的健康問題を放置しておけば当然、業務に支障を来しますので、本人だけでなく経営者にとっても重要な課題です。

労働行政においても、「労働者の健康を守る」視点から、長時間労働に対する規制、健康管理の為の指針、更には過労死・過労自殺の業務災害の認定基準作り、そして時間外労働に対する割増賃金の支払いの徹底等を積極的に行っています。この5年間で労働基準法第37条違反として摘発された事業場は、約3倍にのぼっていると言われています。

このような時代的背景を踏まえ、企業は、労働行政の仕組みそして時間外労働及び健康管理に対する指導勧告への対応方法を知っておかなければなりません。

 
労働基準法と労働基準監督官

労働基準法の法的性格と労働基準法を取り締り労働基準監督官の権限とその限界について知ってこくことが企業のリスクマネジメントに欠かせません。


 労働基準法とは
 

労働法は次の3つに大きくグルーピングすることができます。

■労働民法    Ex)労働契約承継法、労働契約法

■狭義の労働行政法   Ex男女雇用機会均等法、高年齢者雇用確保措置法など

■労働刑法    Ex)労働基準法、労働安全衛生法、最低賃金法

労働基準法は、使用者と労働者間の契約内容に直接介入する労働民法ではなく、労働者の最低労働条件の確保を目的として、労働行政による懲役刑・罰金刑など刑罰の威嚇力を背景に使用者にその遵守を迫る労働刑法です。

一方、男女雇用機会均等法などは刑罰まで備えておらず、労働行政による指導・勧告により労働者の労働条件の改善を図る法律です。

労働刑法は労働者の「最低賃金」と「安全」と「健康」を守り、 狭義の労働行政法は労働者の「雇用」と「賃金」を守る法律です。「安全」と「健康」は業種、従業員規模、景気・不景気その他の社会的背景に関わらず、使用者は必ず守らなければならない絶対的事項です。一方、「雇用」と「賃金」は 社会的背景により守るべき範囲が異なってくる相対的事項です。絶対的事項は刑罰の威嚇力を持つ労働刑法により、相対的事項は刑罰の威嚇力を持たない狭義の労働行政法により取り締りの対象となります。 

 

労働基準法の処罰対象者
  労働基準法を違反した場合の処罰の対象者は、「労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者」[1]となっています。「労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者」とは、賃金の支払や労働時間の管理などについての現実の責任者のことを指します。例えば、違法に時間外労働をさせていた場合、取締役、当該時間外労働の業務命令を発していた部長や課長等が処罰の対象者となります。ただし、「労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者」だけを処罰の対象とすると、違反企業が現実の責任者に責任を転嫁する可能性もあるので、両罰規定[2]を設け、部長や課長等を処罰するのであれば、その利益帰属者である法人そのものも処罰の対象としています。 両罰規定は、事業主の過失を推定する機能を有します。

[1] 労働基準法10条

[2] 労働基準法121条

   

労働基準監督官とは
 

労働基準監督官は、法違反を発見し、是正させるために、主に次の権限を有している。労働基準監督官は、特別司法警察職員として、Bの権限も有しています。

労働基準監督官の権限

@事業所、寄宿舎その他の付属建設物への立ち入り調査する「臨検」(労働基準法第101条1項)

A帳簿・書類等の物的証拠を提出するよう求める「提出要求権」、使用者または労働者に証言を求める「尋問権」(労働基準法第101条1項)

B強制調査、事情聴取、証拠物の押収、使用者の逮捕

※現行犯以外は捜査令状必要


労働基準監督官は強制的に企業内部に立ち入り、労働基準法などの法律違反の有無を調査し、尋問(質問)する権限を有しており、出勤簿、賃金台帳、労働者名簿の内容を精査し法律違反事項があれば「是正勧告書」、法律違反のおそれがある場合や法規違反ではないものの行政通達に則っていない場合があれば「指導票」を事業場の責任者に交付し、指導・勧告を行う。交付を受けた事業場は、「是正報告書」という形で報告することになります。

指導・勧告に対し、虚偽の報告をするなど使用者が悪質な対応する場合は、刑事訴訟法に規定する特別司法警察職員としての権限[1]を行使し、事業主、取締役、現場の責任者等の被疑者を検察庁へ送致する場合もある。

[1] 労働基準法102条

 

労働基準監督官の権限の限界
  前述のとおり、労働基準法では、臨検、書類提出の要求、尋問、報告を命ずる権限、さらには司法警察官の権限といった様々な権限を労働基準監督官に与えています。そして、その権限の行使の方法・程度は労働基準監督官の裁量に委ねられてもいます。しかし、監督官の裁量権は無制限に許されるわけではありません。裁量権の逸脱・濫用があれば、違法な行政指導となり、行政事件訴訟法上の抗告訴訟の対象となり
えます。
 
第三十二条 行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。
2 行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない。
 

また、判例でも、労働基準監督官が行う行政指導につき、監督権の行使は、あくまで人間の生命・身体に対する危険が切迫しているときなどを除き自由裁量である、とされています(大東マンガン事件=最判 H1.10.19)。さらに、労働基準監督官の使命は、労働者の個別的な保護ではなく、使用者の脱法行為を取り締まり、将来において事業場の違法行為を是正することになる、ともされています(同事件=大阪地判S53.9.30)。そして、その行政手続きに関して、行政手続法第32条より、相手方の任意を尊重し、謙抑的で、かつ相当程度における適正手続きの保障がなさらなければならないものと解されます。

この点、国会答弁においても、内閣総理大臣(管直人首相)が同様な趣旨で労働基準監督官の権限について発言しているようです
[1]

では、どのような場合に、労働基準監督官の司法警察職員権限の行使が許されるのかが問題となりますが、使用者が労働基準監督官に「偽証したとき」に当該権限の行使が許されるだろうと考えます。偽証の有無は、資料を突き合わせていけば、事実として比較的容易に浮かび上がってきますし、偽証の事実があれば、検察官も起訴しやすいため、労働基準監督官も送致・送検の手続きへ方向性を変えてくることは想像できます。それに比べて、例えば、パソコンのログと自己申告時間とのかい離分が労働基準法37条違反として送致・送検されるかという場面を想定すると、これは実労働時間の認定論の議論であり、労働基準監督官も起訴に踏み切る証拠がないため、労働基準監督官も送致・送検の手続きには踏み切れないのが現実だと考えます。

[1] 労働基準監督機関の役割の主意書(平成22年10月29日提出 質問第103号)

http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a176103.htm

衆議院議員村田吉隆君提出労働基準監督機関の役割に関する質問に対する答弁書

(内閣衆質176第103号 平成22年11月9日)

http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b176103.htm

 

臨検と送致送検 事案件数起訴率

労働基準監督官による臨検の種類、流れ、臨検の主な調査項目、臨検の件数、送致送検の件数と起訴率を知っておきましょう。



臨検にはどのような種類があるか
 

労働基準監督官による臨検には3つの種類に分けられています。

《臨検の種類》

定期監督

都道府県労働局の年度業務計画にもとづき、その年度の行政過大に見合った事業場を選び、定期的に立入調査すること

申告監督

労働者やその親族から「うちの会社は、労働基準法に違反していると思うので調査してほしい」と労働基準監督署に申告がり、この申告にもとづいて実際する立入調査すること

再監督

定期監督、申告監督、災害時調査・災害時監督の際に、労働基準監督官が指摘した法違反や改善事項が是正されているかを確認するために立入調査すること

 

 

臨検はどのような流れで実施されるか
  臨検は、抜き打ちで行なわれる場合もあれば、予め電話やFAXにて臨検を行う旨の通知書が届く場合もあり、流れは大まかに整理すると次のようになります。また、前述のとおり、行政指導は相手方の任意の協力のもとに成り立つものであるため、日時の調整を申し出ることは当然可能です。
 
  事業の概況、労働条件・勤務状況の確認、安全・衛生管理状況の把握・確認
 
  労働法務関係書類の確認
 
  労働者、使用者(事業主)からの実態の事情聴取、関係書類との照合
 
  是正勧告書、指導票の交付
 
  是正報告書の提出
 


《臨検で提出を求められる主な資料》

■いわゆる法定3帳簿(労働者名簿、賃金台帳、出勤簿)

■組織図(座席表など)

■パソコン稼動記録、タイムカード

■就業規則、その他社規社則(給与規程等)

■労使協定(36協定等)

■健康診断の記録(雇入時、定期、特殊健康診断)

■安全管理者、衛生管理者、産業医等に係る提出書類

■安全衛生委員会、衛生委員会の議事録
 

臨検による主な指導事案と指導件数
 

東京労働局の発表[1]によると、主な指導事項および指導件数は次のとおり。

(単位:件数)



[1] 東京労働局平成22年5月21日発表資料 平成21年に実施した定期監督等の実施結果

http://www.roudoukyoku.go.jp/news/2010/20100521-kekka/20100521-kekka.pdf

 

労働基準法第32条(労働時間)についての違反事例

時間外労働に関する協定の締結及び届出がないのに、労働者に法定労働時間を超えて時間外労働を行わせているもの。また、協定の締結及び届出はあるものの、その協定で定めた時間外労働の限度時間を超えて時間外労働を行わせているもの。
 

労働基準法第37条(割増賃金)についての違反事例

時間外労働、深夜労働を行わせているのに、法定割増賃金(通常の賃金の2割5分以上)を支払っていないもの。

 

送致・送検事案と起訴率
 

労働基準法違反により、検察官へ送致・送検された事案および件数は次のとおりです[1]

(単位:件数)

 

労 働 基 準 法

事項

15条

20条

24

32条

36条

37

39条

労働条件の明示

解雇予告

賃金不払

労働時間

時間外及び休日労働

割増賃金

年次有給休暇

H19

560

16

18

411

38

0

35

2

H18

560

14

20

420

30

0

39

3

H17

603

13

25

448

34

1

51

2

H16

649

3

14

525

36

0

37

3

 

賃金不払違反については400件超、500件超となっており送致・送検件数が多いのが分かりますが、割増賃金については40件弱とごくわずかといえます。これは、前述のとおり、労働基準法は、労働者の生存権確保のために、労働条件の最低基準を設定している法律であり、労働者のより豊かな生活の実現を図っている法律ではないからです。つまり、賃金の全額不払いは生存権を脅かすが、割増賃金の不払いについては、基礎賃金が最低賃金と同程度でない限り、生存権を脅かす相当程度の違反でないと考えられるからです。



[1] 出典 厚生労働省「労働基準法に基づく監督業務実施状況」

(単位:件数)

   

H13

H14

H15

H16

H17

H18

労働基準法

新規通常受理人員

1258

1308

1459

1380

1277

1243

うち特別司法検察職員から

1119

1201

1353

1238

1126

1060

うち通常司法検察職員から

131

94

101

118

134

166

うち検察官認知・直受

8

13

5

24

17

17

起訴率(%)

20.6

20.1

21.2

19.3

23.3

23.5

労働安全衛生法

新規通常受理人員

1482

1327

1315

1347

1329

1287

うち特別司法検察職員から

1413

1275

1269

1265

1259

1215

うち通常司法検察職員から

60

47

40

68

60

65

うち検察官認知・直受

9

5

6

14

10

7

起訴率(%)

67.5

61.0

59.4

64.5

62.7

62.3

労働基準法違反の起訴率は平均20%と低いのに対して、労働安全衛生法の起訴率は平均60%と高くなっています。生存権の確保という視点から考えると、労働条件に関する違反より生命の安全に関する違反について重きを置かれているからだといえます。

 

労働基準監督官による臨検の正しい捉え方
  市販されている書籍や社会保険労務士のサイト等で労働基準監督官の指導は強制力のあるものだと表現している情報媒体も見受けられますが、それは誤りです。
確かに労働基準監督官には臨検等の権限があり、司法警察職員としての権限もある。しかし、臨検は行政処分ではなく行政指導であり、その権限の行使は抑制的でなければなりません。また、生存権を脅かす違反でなければ送致・送検が行われる件数は少なく、割増賃金の未払いのように生命を脅かすものでなければ、起訴率は決して高くありません。以上を踏まえ、企業は労働基準監督官の臨検に対応すべきです。
 

行政指導への具体的対応策
小冊子『今月の是正勧告』にて近日中に公開予定  
 

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